自転車が好きだった

 子どもの頃、というのは小・中学校時代の頃になるけど、自転車で走るのが好きだった。

 なぜかというと自転車に乗っている間は独りでいられるから。

 むかし(2004年)、矢野絢子(じゅんこ)というシンガーソングライターに「てろてろ」という歌があった。それは次のような歌詞だ。

「知らない所に行きたいな、嘘だよ本当はね。僕は間抜けな顔をしてるだろう、泣き虫弱虫で、おまけにへっぴり腰で、てろてろおかしいね。僕より大きなこの町の固い道の上を、てろてろ自転車で時々パンクもするよ。一日に何回も同じ道を通って、夜には泣きそうになっても」

「本当はいつも誰よりも君のことを想っているんだ。誰にも負けないくらい、君のそばにいたいんだ。」

「ここにいる僕がさわれるもの全部、愛してゆきたいんだ、いつの日か」 

 初めてこの歌を聴いた時、これは僕のための歌だと思った。

 原発事故が起きて小高町が汚染地帯になったと知った時、思い出していた風景も実は自転車で走り回っていた時に見ていた風景だった。

 僕は寡作の作家のように思われているけど、実はボツ原稿も山のようにあって、読み直すと確かに欠点だらけで世に出さなくて良かったとほっとするけど、部分的には捨てがたい描写もあって、たとえば下のような文章は僕が自転車で走り回っていた時の体験そのままだったりする。

   『転がりながら陽は西へ』

 自転車で走るのが好きだ。子供の頃からずっと好きだった。

 自転車は僕を地面から切り離す。同時に、僕を地面につなぎ止める。速度を上げると僕は魚のように扁平になって風景の中へ切り込んでいく。十キロ二十キロを平気で走った。海岸沿いの道路を、意識を前へ前へと投げ出しながら、ひたすらペダルを漕いでいた。

 どこへ行こうという目的はない。わざわざどこへ抜けるとも知れない林道に入り、林道からさらに細い山路にそれて、いつしか草の生い茂る道なき道になれば、自転車を担いででも強引に前へ進んだ。自ら好んで道に迷った。方角がわからなくなり途方に暮れても、山中で呆然と立ち尽くす感覚は嫌いじゃなかった。ざわざわと頭上で梢が騒ぎ、はっとして目を上げれば、重なり合う木の葉の間で光がきらめいた。梢から梢へ、リスが渡っていくのを見たこともあった。

 しかし、不思議と本格的に進路を見失った経験はない。けものが通うような道でも、進めば必ず広い道につながったし、広い道はさらに広い道につながり、森から抜け出れば、だいたいの方向感覚を取り戻せるのだ。

 走っている間だけ、僕は安心して僕でいられた。走ってさえいれば何も考えずにすんだ。ひとつの場所にとどまっていると存在が重たくなる。重くなりそうな自分を振り捨てたくて、僕はまた走り出す。加速度をつけて坂道を下り、適度な無重力感に身をゆだねていると、次第に透明になっていく体の中を風景がすり抜けていくみたいだった。

 いつも知らない風景を探していた。いつか引き返す道のない旅をしたいと夢みていた。