Jヴイレッジだって伝承している

 ふくしまファンクラブのツアーではJヴイレッジ内のホテルに泊まった。Jヴイレッジにはホテルもレストランもあり一般人の利用も可能だ。スタディツアーの宿泊者のためにはJヴイレッジの歴史を解説する専門の担当者だっている。 

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 ちなみに上の写真は施設内にあるサッカー神社で、横にはサッカー少年少女が「日本代表に選ばれたい」などなど願いを書いた絵馬も飾ってある。ちなみに「蹴」という字、3人で足を突き出している図に見えない? 案内者は「ここをサッカーの聖地にしたいんだよなあ」と言っていたけど、ホテルに泊まんないと拝めない聖地って・・・。

 ホテルのメインストリートのには日本代表選手やアルゼンチン選手のサイン入りユニフォームなんかが飾ってあって、ファンにはたまらないのだろうな。でもそれはそれとして、同じ空間に原発事故当時の記憶を物語るパネルも展示してあって、僕にはなかなか興味深いものだった。

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 たとえば原発敷地内で瓦礫除去に使用された戦車(74式戦車というらしい)の写真。事故処理に戦車を投入したということは知っていたけど、どんな使われ方をしたのかは知らなかった。なるほど、ブルドーザーのようにブレードを付けていたのだな。ひとつ疑問が解けて、これを展示写真に選んだ人に感謝。それにしても物々しい。当時の現場は戦場だったんだと、緊迫した空気が伝わってこないか。

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 Jヴイレッジは汚染したヘリコプターの洗浄にも使われていたそうだ。ちなみに菅総理(当時)もこんなふうにここに降り立ったそうだ。ちなみチェルノブイリ原発事故でヘリコプターの発着所だった場所は30年以上経過した今も線量が高い。僕は3年前に当地を訪れその場所に立ったことがある。しかしJヴイレッジとチェルノブイリが同じとは決して言わない。写真をよく見ると地面にゴムシートらしきものを敷いているのがわかる。

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 現在はサッカーグラウンドに復元されているけど、事故から数年は事故処理関係者の駐車場に使われていた。今年の春頃までは、グーグルマップの航空写真を開くと駐車場だった当時の写真がそのままだったのに、たったいま調べて見たらきれいなグラウンドの写真に差し替えられていた。
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 ホテルのロビーでタイベックを配布している写真。事故当時はホテルに事故処理関係者が3000人も泊まっていたという。なんというか、あくまで僕個人にとってなんだけど、これら数枚の写真だけで(もちろん他にも何枚かあった)双葉町伝承館の印象をはるかに超えてしまうんだよなあ。まあ、これらは写真撮影可で記録に残せたという理由も大きいのだろうけど。とにかく、展示する側に「これは歴史として伝えるべきだ」という意思があれば、いろいろ制限があるとしても最低限のことは伝わるということじゃないのかな。これらの写真を見てJヴイレッジは怖いから利用するのは止そうと思う人はたぶんいない。むしろ原発事故処理の前線基地だった場所に自分がいるんだと知ることで、歴史の重みを実感できるんじゃないかと思う。だって、原発事故をなかったことにすること、あるいは事故を軽視することって、命を張って事故処理に当たった人たちの苦労まで忘れてもいいってことでしょ。それは許されない。

 まあ、練習場として再開するのは早すぎるという意見もあるし、敷地内に線量が高い場所があるという話も聞くのだけれど、僕には実感でしかものを言えないから、ここで合宿して夜中もトレーニングに励んでる子どもたちの顔を見ると、ガンバレとしか言えない。