お蔵だし写真(4)・小高福浦編(震災後)

  小高町の立入禁止が解除されたのは意外に早く、震災の翌年の4月には日中の出入りが自由になった。小高の中心部の被害にも衝撃を受けたが、まだ予想の範囲内ではあった。けれど福浦の惨状を目の当たりにした時の衝撃はそれとまるで違った。世界が変わっていた。あの時の呆然とした心境をどう言葉にすればいいかわからない。

f:id:futakokun:20210106180308j:plain

 「福浦が海に戻った」と話には聞いていたが、実際に目の当たりにすると、「風景が死んだ」としか言いようがなかった。生き物の気配がまるでない。幽冥界そのもののを目にしているような。コンクリート製のポンプ舎が破壊されたのに、強固な造りとは思えない水門が残っているのが不思議だった。

f:id:futakokun:20210106180050j:plain
f:id:futakokun:20210106180142j:plain

 防波堤が破壊され、防風林も根こそぎ失い、海岸に打ちつける波が飛沫をあげ、海際が白く煙っていた。集落がまるごと消滅し、民家の残骸だけが水面に浮いている。

f:id:futakokun:20210106180214j:plain
f:id:futakokun:20210106180112j:plain

 ポンプを何台も稼働して排水作業が行われていた。しかし水を抜いたところで元の水田に戻せないのなら、いっそこのままにしてほしいというのが、この時の正直な思いだった。祈りに近い心境だったと思う。この静かな風景そのものをまるごと、津波の犠牲者だけでなく地霊もふくめた、鎮魂の湖として後世に残せたらと思ったのだ。

f:id:futakokun:20210106183545j:plain