オリンピックの影で

  今回は昨年(2019)3月、共同通信の依頼で書いた、「東京五輪を考える」というシリーズのコラムをここに再録します。僕の他には江川紹子氏や有森裕子氏などビッグネームが名を連ね、それぞれ辛口のコメントを発表していました。新型コロナの感染が拡大し、オリンピックの延期が発表されるぎりぎりのタイミングで日本各地の地方紙に掲載されました。オリンピックと浪江町のあんば祭りを「祭」という共通項でくくり、その上で復興とは何か、問題提起した記事です。(写真はすべて昨年2月)

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 オリンピックの影で
 

 もしも私が予言者だとして、東日本大震災から1年以内のある時点で「今から9年後に東京オリンピックが開催され、Jヴィレッジ(当時は事故処理作業員の拠点)が聖火リレーの出発点になる」と予言したとしたら、あなたは信じただろうか。黙殺したか、悪い冗談だと一笑に伏したに違いない。

 では、別の予言を立てたとしよう。「7年後、今は警戒区域に入る海辺の集落で、伝統の祭が復活する」と。こちらは信じた人もいるのではないか。少なくとも、信じたいと願う人はいたはずだ。

 現に復活した。毎年2月に浪江町請戸地区で催される安波(あんば)祭がそうだ。今年はあいにくの雨だったが、津波の被害を受けた神社の前で、テントに守られながら女性達が田植え踊りを舞った。伝統の灯を絶やすまいと、避難先で稽古を積んできた人達だ。

 聖火リレーも田植え踊りも「祭」であり、どちらも復興の証に違いない。では両者の違いは何か。前者は上から与えられる祭で、後者は地元民が下から突き上げる祭だ。規模の大小は比較にならないが、祈りの深さは、田植え踊りの方が遙かに深い。請戸地区に限らず、原発事故の被災地域で、伝統の祭が少しずつ復活している。私はそちらの方に、より強い復興の足音を聴く。郷土の誇りを守ろうとする人々の魂を尊いと思う。

 県外避難者を含めた福島県民の中には、「オリンピックを目途に自分達は切り捨てられるのではないか」と危機感を抱いている人は少なくない。「2020年までに避難者をゼロにする」という目標は、今年3月、避難者への支援打ち切りという形で進行する。

 双葉町大熊町を除く町村で、帰還困難区域からの避難者(世帯数2700以上)も、住宅支援を打ち切られる。町内の避難解除区域に復興住宅が整備されれば、帰れない土地に家があっても、避難者ではなくなるのだ。双葉・大熊町も遠からずそうなる。

「避難者支援を打ち切った以上、あなたは避難者ではない」あなたが当事者だとしたら、この論理を受け入れられるだろうか。

 19年3月の福島県の調査では、支援打ち切り後に住宅確保の見通しが立たない世帯は49%に上った。すでに自主避難者への住宅提供は17年3月に打ち切られ、路頭に迷った人、自殺まで追い詰められた人々を民間団体が救済している。

 福島県出身者として、地元の復興に尽力する人々に、私は敬意を捧げている。聖火リレーに期待する人の思いも否定しない。しかしその一方、オリンピックの影で切り捨てられていく人々にも目を向けていきたい。どちらか一方というわけにはいかないのだ。復興とは行政のための復興ではない。一人一人の復興のことに他ならないのだから。

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 安波(あんば)祭について少し紹介する。安波祭は延宝年間(1673~1680)の大凶作の時代にら始まる、五穀豊穣と海上安全を祈願する祭。毎年2月の第3日曜日に、田植え踊りや祖馬流山、大漁節などを請戸の苕野(くさの)神社に奉納する。避難中にも保存会の人たちはそれぞれの避難先で稽古を重ね、震災2年目から各地の仮設住宅で踊りを披露してきた。請戸地区にはいま、住む人はいない。苕野(くさの)神社も社殿が流され、小さな社があるのみだ。そのような土地で祭を継承する意味とは何か。『震災と行方不明』(新曜社)で、請戸地区出身の新野夢乃氏が「踊りの中で生き続けるもの」に踊り子の心情を詳しく書いているのでぜひ読んでほしい。素晴らしい文章です。

 新野氏によれば、震災後は踊りの意味が変わった。犠牲者の慰霊・追悼を込めた踊りになったという。

 新野氏の家族はいまも行方不明にある。彼は踊りながら、震災前の請戸の風景や神楽を踊る父の姿を思い出し、父と踊っているような錯覚さえ覚えたという。

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 踊り子は東京や神奈川からこの日のために集まってくる。

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 請戸地区は津波により荒廃した。苕野神社も灯籠や鳥居が崩れたままだ。

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 祭が終わり、雨の中、見学者たちがそれぞれの車に帰って行く。

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